出エジプト①  ~モーセ誕生~

シュメール文明が終焉をむかえるころ、
古代史の主役となる『イスラエル人』は、
エジプトで奴隷となっていた。


旧約聖書出エジプト記 第二章)より引用

さて、レビの家のひとりの人が行ってレビの娘をめとった。
 ※レビ=祭祀(後に日本に帰郷し、神主・宮司などの神職となる)

女はみごもって、男の子を産んだが、その麗しいのを見て、
三月のあいだ隠していた。

しかし、もう隠しきれなくなったので、パピルスで編んだかごを取り、
それにアスファルトと樹脂とを塗って、子をその中に入れ、
これをナイル川の岸の葦(あし)の中においた。

その姉は、彼がどうされるかを知ろうと、遠く離れて立っていた。

ときにパロの娘が身を洗おうと、川に降りてきた。
侍女たちは川べを歩いていたが、彼女は、葦の中にかごのあるのを見て、
つかえめをやり、それを取ってこさせ、あけて見ると子供がいた。
見よ、幼な子は泣いていた。彼女はかわいそうに思って言った、
これはヘブルびとの子供です」。

そのとき幼な子の姉はパロの娘に言った、
「わたしが行ってヘブルの女のうちから、あなたのために、
この子に乳を飲ませるうばを呼んでまいりましょうか」。

パロの娘が「行ってきてください」と言うと、
少女は行ってその子の母を呼んできた。

パロの娘は彼女に言った、
「この子を連れて行って、わたしに代り、乳を飲ませてください。
わたしはその報酬をさしあげます」。
女はその子を引き取って、これに乳を与えた。

その子が成長したので、彼女はこれをパロの娘のところに連れて行った。
そして彼はその子となった。彼女はその名をモーセと名づけて言った、
「水の中からわたしが引き出したからです」。

モーセが成長して後、ある日のこと、同胞の所に出て行って、
そのはげしい労役を見た。彼はひとりのエジプトびとが、
同胞のひとりであるヘブルびとを打つのを見たので、
左右を見まわし、人のいないのを見て、
そのエジプトびとを打ち殺し、これを砂の中に隠した。

次の日また出て行って、ふたりのヘブルびとが互に争っているのを見、
悪い方の男に言った、「あなたはなぜ、あなたの友を打つのですか」。

彼は言った、「だれがあなたを立てて、われわれのつかさ、
また裁判人としたのですか。エジプトびとを殺したように、
あなたはわたしを殺そうと思うのですか」。
モーセは恐れた。そしてあの事がきっと知れたのだと思った。

パロはこの事を聞いて、モーセを殺そうとした。
しかしモーセはパロの前をのがれて、
ミデヤンの地に行き、井戸のかたわらに座していた。

さて、ミデヤンの祭司に七人の娘があった。
彼女たちはきて水をくみ、
水槽にみたして父の羊の群れに飲ませようとしたが、
羊飼たちがきて彼女らを追い払ったので、
モーセは立ち上がって彼女たちを助け、その羊の群れに水を飲ませた。

彼女たちが父リウエルのところに帰った時、父は言った、
「きょうは、どうして、こんなに早く帰ってきたのか」。

彼女たちは言った、
「ひとりのエジプトびとが、わたしたちを羊飼たちの手から助け出し、
そのうえ、水をたくさんくんで、羊の群れに飲ませてくれたのです」。

彼は娘たちに言った、
「そのかたはどこにおられるか。なぜ、そのかたをおいてきたのか。
呼んできて、食事をさしあげなさい」。

モーセがこの人と共におることを好んだので、
彼は娘のチッポラを妻としてモーセに与えた。

彼女が男の子を産んだので、モーセはその名をゲルショムと名づけた。
「わたしは外国に寄留者となっている」と言ったからである。

多くの日を経て、エジプトの王は死んだ。
イスラエルの人々は、その苦役の務のゆえにうめき、
また叫んだが、その苦役のゆえの叫びは神に届いた。

神は彼らのうめきを聞き、神はアブラハム、イサク、ヤコブとの契約を覚え、
神はイスラエルの人々を顧み、神は彼らをしろしめされた。
 ※レビの子“モーセ”を“神の使い”とし、
  イスラエル民族を『神の選民』とした。
  (聖書のとは、“ドラコニアン(蛇族)”の
  エリート階級“アヌンナキ”のことである)

 

 

旧約聖書出エジプト記 第三章)より抜粋

モーセは妻の父、ミデヤンの祭司エテロの羊の群れを飼っていたが、
その群れを荒野の奥に導いて、神の山ホレブにきた。

ときに主の使は、しばの中の炎のうちに彼に現れた。
彼が見ると、しばは火に燃えているのに、そのしばはなくならなかった。
 ※聖書の“主”とは“神(または主なる神)”同様、
  “ドラコニアン(蛇族)”のエリート階級“アヌンナキ”
  ことである)

モーセは言った、
「行ってこの大きな見ものを見、なぜしばが燃えてしまわないかを知ろう」。


    ~ 中略 ~


主はまた言われた、
「わたしは、エジプトにいるわたしの民の悩みを、つぶさに見、
また追い使う者のゆえに彼らの叫ぶのを聞いた。
わたしは彼らの苦しみを知っている。
 わたしは下って、彼らをエジプトびとの手から救い出し、
これをかの地から導き上って、良い広い地、乳と蜜の流れる地、
すなわちカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、
エブスびとのおる所に至らせようとしている。
 いまイスラエルの人々の叫びがわたしに届いた。
わたしはまたエジプトびとが彼らをしえたげる、そのしえたげを見た。
 さあ、わたしは、あなたをパロにつかわして、
わたしの民、イスラエルの人々をエジプトから導き出させよう」。

モーセは神に言った、
「わたしは、いったい何者でしょう。わたしがパロのところへ行って、
イスラエルの人々をエジプトから導き出すのでしょうか」。

神は言われた、
「わたしは必ずあなたと共にいる。
これが、わたしのあなたをつかわしたしるしである。
あなたが民をエジプトから導き出したとき、
あなたがたはこの山で神に仕えるであろう」。

モーセは神に言った、
「わたしがイスラエルの人々のところへ行って、
彼らに『あなたがたの先祖の神が、
わたしをあなたがたのところへつかわされました』と言うとき、
彼らが『その名はなんというのですか』と
わたしに聞くならば、なんと答えましょうか」。

神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」
また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、
『「わたしは有る」というかたが、
わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」。
 ※「わたしは、有って有る者」は“全ての存在”に通じる“宇宙の法則”
  そう、「全ては、有って有る者」という価値観が八百万の神!!

神はまたモーセに言われた、
イスラエルの人々にこう言いなさい
『あなたがたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、
ヤコブの神である主が、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と。
これは永遠にわたしの名、これは世々のわたしの呼び名である。
 あなたは行って、イスラエルの長老たちを集めて言いなさい、
『あなたがたの先祖の神、アブラハム、イサク、ヤコブの神である主は、
わたしに現れて言われました、
「わたしはあなたがたを顧み、
あなたがたがエジプトでされている事を確かに見た。
 それでわたしはあなたがたを、エジプトの悩みから導き出して、
カナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、ヒビびと、
エブスびとの地、乳と蜜の流れる地へ携え上ろうと決心した」と』。

彼らはあなたの声に聞き従うであろう。
あなたはイスラエルの長老たちと一緒に
エジプトの王のところへ行って言いなさい、
『ヘブルびとの神、主がわたしたちに現れられました。
それで、わたしたちを、三日の道のりほど荒野に行かせて、
わたしたちの神、主に犠牲をささげることを許してください』と。

しかし、エジプトの王は強い手をもって迫らなければ、
あなたがたを行かせないのをわたしは知っている。

それで、わたしは手を伸べて、エジプトのうちに行おうとする、
さまざまの不思議をもってエジプトを打とう。
その後に彼はあなたがたを去らせるであろう。
 ※天体の知識(天文学)を活用し、かつ“気象兵器”による人工災害を計画。

わたしはこの民にエジプトびとの好意を得させる。
あなたがたは去るときに、むなし手で去ってはならない。

女はみな、その隣の女と、家に宿っている女に、
銀の飾り、金の飾り、また衣服を求めなさい。
そしてこれらを、あなたがたのむすこ、娘に着けさせなさい。
このようにエジプトびとのものを奪い取りなさい」。
 ※これが聖書の神の本性ですよ!

 

 


旧約聖書出エジプト記 第四章)より抜粋

モーセは言った、
「しかし、彼らはわたしを信ぜず、またわたしの声に
聞き従わないで言うでしょう、
『主はあなたに現れなかった』と」。

主は彼に言われた、
「あなたの手にあるそれは何か」。
彼は言った、「つえです」。
 ※後の“3種の神器”の一つとなる
  “アロンの杖(日本では“くさなぎの剣”)。

また言われた、
「それを地に投げなさい」。
彼がそれを地に投げると、へびになったので、
モーセはその前から身を避けた。

主はモーセに言われた、
「あなたの手を伸ばして、その尾を取りなさい。
―そこで手を伸ばしてそれを取ると、手のなかでつえとなった。―

これは、彼らの先祖たちの神、アブラハムの神、イサクの神、
ヤコブの神である主が、あなたに現れたのを、
彼らに信じさせるためである」。

主はまた彼に言われた、
「あなたの手をふところに入れなさい」。
彼が手をふところに入れ、それを出すと、
手は、らい病にかかって、雪のように白くなっていた。
 ※人工的に“病気”(ウィルス)を造り出せることを暗示

主は言われた、
「手をふところにもどしなさい」。
彼は手をふところにもどし、それをふところから出して見ると、
回復して、もとの肉のようになっていた。
 ※人工的に造った病気は、
  回復可能(ワクチンや特効薬)であることも暗示

主は言われた、
「彼らがもしあなたを信ぜず、
また初めのしるしを認めないならば、後のしるしは信じるであろう。
 彼らがもしこの二つのしるしをも信ぜず、
あなたの声に聞き従わないならば、あなたはナイル川の水を取って、
かわいた地に注ぎなさい。
あなたがナイル川から取った水は、かわいた地で血となるであろう」。

モーセは主に言った、
「ああ主よ、わたしは以前にも、
またあなたが、しもべに語られてから後も、
言葉の人ではありません。
わたしは口も重く、舌も重いのです」。


    ~ 中略 ~


そこで、主はモーセにむかって怒りを発して言われた、
「あなたの兄弟レビびとアロンがいるではないか。
わたしは彼が言葉にすぐれているのを知っている。
見よ、彼はあなたに会おうとして出てきている。
彼はあなたを見て心に喜ぶであろう。
 あなたは彼に語って言葉をその口に授けなさい。
わたしはあなたの口と共にあり、彼の口と共にあって、
あなたがたのなすべきことを教え、
彼はあなたに代って民に語るであろう。
彼はあなたの口となり、あなたは彼のために、神に代るであろう。
 あなたはそのつえを手に執り、それをもって、しるしを行いなさい」。


    ~ 中略 ~


そこでモーセは妻と子供たちをとり、ろばに乗せて、
エジプトの地に帰った。モーセは手に神のつえを執った。

主はモーセに言われた、
「あなたがエジプトに帰ったとき、
わたしがあなたの手に授けた不思議を、
みなパロの前で行いなさい。
しかし、わたしが彼の心をかたくなにするので、
彼は民を去らせないであろう。
 あなたはパロに言いなさい、
『主はこう仰せられる。イスラエルはわたしの子、わたしの長子である。
わたしはあなたに言う。わたしの子を去らせて、わたしに仕えさせなさい。
もし彼を去らせるのを拒むならば、わたしはあなたの子、
あなたの長子を殺すであろう』と」。

さてモーセが途中で宿っている時、主は彼に会って彼を殺そうとされた。

その時チッポラは火打ち石の小刀を取って、
その男の子の前の皮を切り、それをモーセの足につけて言った、
「あなたはまことに、わたしにとって血の花婿です」。

そこで、主はモーセをゆるされた。
この時「血の花婿です」とチッポラが言ったのは割礼のゆえである。
 ※イスラム教の慣例として今も残る“割礼”の起源

主はアロンに言われた、
「荒野に行ってモーセに会いなさい」。
彼は行って神の山でモーセに会い、これに口づけした。

モーセは自分をつかわされた主のすべての言葉と、
命じられたすべてのしるしをアロンに告げた。

そこでモーセとアロンは行ってイスラエルの人々の長老たちをみな集めた。

そしてアロンは主がモーセに語られた言葉を、ことごとく告げた。
また彼は民の前でしるしを行ったので、民は信じた。
彼らは主がイスラエルの人々を顧み、
その苦しみを見られたのを聞き、伏して礼拝した。

 

 

旧約聖書出エジプト記 第五章)より抜粋

その後、モーセとアロンは行ってパロに言った、
イスラエルの神、主はこう言われる、
『わたしの民を去らせ、荒野で、わたしのために祭をさせなさい』と」。

パロは言った、
「主とはいったい何者か。
わたしがその声に聞き従ってイスラエルを去らせなければならないのか。
わたしは主を知らない。またイスラエルを去らせはしない」。

彼らは言った、
「ヘブルびとの神がわたしたちに現れました。
どうか、わたしたちを三日の道のりほど荒野に行かせ、
わたしたちの神、主に犠牲をささげさせてください。
そうしなければ主は疫病か、つるぎをもって、
わたしたちを悩まされるからです」。


    ~ 中略 ~


その日、パロは民を追い使う者と、民のかしらたちに命じて言った、
「あなたがたは、れんがを作るためのわらを、
もはや、今までのように、この民に与えてはならない。
彼らに自分で行って、わらを集めさせなさい。
 また前に作っていた、れんがの数どおりに彼らに作らせ、
それを減らしてはならない。彼らはなまけ者だ。
それだから、彼らは叫んで、
『行ってわたしたちの神に犠牲をささげさせよ』と言うのだ。
 この人々の労役を重くして、働かせ、
偽りの言葉に心を寄せさせぬようにしなさい」。
 ※モーセたちの言葉に逆上したパロの言動(感情の噴出)。

そこで民を追い使う者たちと、
民のかしらたちは出て行って、
民に言った、
「パロはこう仰せられる、『あなたがたに、わらは与えない。
自分で行って、見つかる所から、わらを取って来るがよい。
しかし働きは少しも減らしてはならない』と」。

そこで民はエジプトの全地に散って、わらのかわりに、刈り株を集めた。

追い使う者たちは、彼らをせき立てて言った、
「わらがあった時と同じように、
あなたがたの働きの、日ごとの分を仕上げなければならない」。


    ~ 中略 ~


彼らがパロを離れて出てきた時、
彼らに会おうとして立っていたモーセとアロンに会ったので、
彼らに言った、
「主があなたがたをごらんになって、さばかれますように。
あなたがたは、わたしたちをパロとその家来たちにきらわせ、
つるぎを彼らの手に渡して、殺させようとしておられるのです」。

モーセは主のもとに帰って言った、
「主よ、あなたは、なぜこの民をひどい目にあわされるのですか。
なんのためにわたしをつかわされたのですか。

わたしがパロのもとに行って、
あなたの名によって語ってからこのかた、
彼はこの民をひどい目にあわせるばかりです。
また、あなたは、すこしもあなたの民を救おうとなさいません」。


※筆者の所感です。(“B型の集まり”ではありませんが・・・www)
 聖書の神とは・・・
 『そう、信じる者しか救わない、せこい神様拝むよりも・・・』

 

            ~ つづく ~